トランスメディア提供アイコン01 ◆想い出してみた・・・歴代愛用フィルム亀(プラ亀)ちゃんたち

b0008655_7342877.jpg蔵亀」さんたちを楽しみ始めたら、自分は今までどんなカメラを使っていたのか老年の記憶力と闘いながら(笑)想い出してみることにしました。多分・・だいたい合ってると思います(爆)。実家に在ったものは省き、自分の貯金から購入したもの、そしてデジカメ1号機(Finepix1700)直前までの10機です。ほとんどがコンパクト系のレンズシャッター機。






b0008655_20562954.jpg初めて自分で所有したカメラはキャノン110ED。ジャンククラスですけど最近これが入手できたのは嬉しい出来事でした。「ポケットインスタマチックカメラ」といわれるいわばカートリッジ型の110フィルムを使用する特殊なものでした。一時的なブームにはなりましたが結局主流から外れ、とうとうここにきて各社がフィルム生産を終えました。まだどこかで売っているかも知れないので数本欲しいですね。110EDを買いたいと思った理由は二つ。その頃とにかくプチ良好好きで鎌倉に通っていて、各お寺や名所を撮影しまくっていて、兄の大きな一眼ではちょっと大き過ぎたので、この画期的なコンパクトさにすぐ惹かれてしまいました。そしてCMがチョー格好よくて・・・キャノンは当時から宣伝は飛びぬけて上手かったですね。<1975年発売>


b0008655_20572015.jpg2機目もキャノンAF35MLという品番より「オートボーイスーパー」の別称で名が通っています。110EDからなぜにこんなデカイカメラにしたのかは今となっては不明です(笑)。やっぱりCMに騙されたのかも(笑)。思い出すのはすごくグリップよくほぼ半自動の使い勝手、そしてピッカリコニカ同様の内臓フラッシュの便利さ。ただ自動巻き戻しの時のものすごい音(笑)は今でもすごく耳に残ってます。人前であれが始まると完全赤面(爆)。今調べてみるとF1.9の大口径レンズだったのですね。そのあたり110ED同様奢るところは奢る、手を抜くところは手を抜く・・・今と一緒かも(笑)。ここからが”プラ亀”の時代。<1981年発売>


b0008655_2058648.jpg3機目はなぜかコニカに浮気することになりました(笑)。これまた変な名前が付いていた望遠王」MR-70です。まだコンパクトにズームというのが無く、2焦点(広角・望遠)に魅力を感じたのだと思います。特に海外旅行なんかにはずいぶんとこれが活躍してくれました。ただこの時オートボーイスーパーの買い替えというより2台所有という感じで使い分けていたと思います。しかしこの黄色、今となってみるとなんとも珍しいアクセントですね。関西で売れたんじゃないですかね(笑)<1985年発売>


b0008655_8444193.jpg続いての4機目が初のオリンパス「AZ-1 ZOOM QUARTZDATE。もうこれを買った理由は多分ズーム機能でしょう。35-70mm/F3.5-6.7でマクロもあります。今考えればばかでかいカメラで、コンパクトとは言いがたいかもしれませんが、ズームレンズ一眼に比べたらはるかに小さいので魅力的だったと思います。そしてそれまでのレンジファインダーと明らかに異なるフォルム。今では「プラカメ」と言われ揶揄されてますけど、この当時はイタメシブームとかDCブームとかヨーロピアン主流でしたからね。デザインは今見てもとってもいいと思いますよ。実際これを持ってイタリアに行った時、向うの人に相当ウケました。しかしQUARTZDATEって懐かしい響きですね~。<1987年発売>


b0008655_20584486.jpg5機目。見ての通りです。何でこれを買ったか分かりますでしょ?(笑)京セラ「SAMURAIです。とにかくこれが出てぶったまげましたよ。それもこれがどんなスペックであるかとか関係なくとにかく欲しい!というだけで衝動的に買ってしまったものです。奥さんに怒られたなぁ(笑)。CMは確か坂本龍一だったと思います。この起用は大当たりでした。それにしても当時奥さんには「京セラって何?」っていう感じだったし、「これのどこがカメラ?」と言われ、これを外で構えると「恥かしいからやめて!」とか言われたものです(笑)。買うまで気づかなかった(爆)のがこれはハーフで一眼だということ。何しろ格好でしか選ばなかったので・・・。そういうこともありメイン機には残念ながら昇格せず、趣味のカメラのポジション。写り具合とか、操作性とか、正直あまり覚えていません。ただ、もしチョイ古亀として今目にしたら必ず手に入れてしまう一番手です。そのくらいインパクトありました。<1987年発売>


b0008655_7365044.jpg6機目はAZ-1 の後継として購入したオリンパス「IZM210 QUARTZDATE。バブル期だったので自身頻繁にカメラ買ったようです。この辺でもうコンパクトカメラの位置づけが決定的なものになりましたね。それまでのレンジファインダーというカテゴリーから飛躍し、現在のカメラでも要求される全ての機能が凝縮されたと思います。精度の高いマルチAF、電動ズームレンズ、赤目軽減などの多機能フラッシュ、マクロ撮影、曲線を主体にした脱クラシックデザイン。今のデジカメが備えるものをほぼ同じです。このカメラは本当に活躍してくれました。歴代フィルムカメラでは最も枚数を撮った一つです。<1991年発売>


b0008655_2059524.jpg7機目はIZM200 を使いつつもパノラマ撮影がブームになったことで手に入れたオリンパス「μZOOM PANORAMAです。しかし、これは正直失敗だったかもしれません。まずは面白がってパノラマに手を出したところ、すぐ飽きちゃったし(笑)。それに何よりも勝手にいつでもポップアップするあのフラッシュにはいい加減イヤになったものです。ただ写りは大変よく、IZM200以上だったと思います。スライドバリアと防水機能で特に南国の海に連れて行ったときは最高のパフォーマンスを発揮してくれました。そして何しろ軽いのはよかった!<1993年発売>


b0008655_2102036.jpg8機目はミノルタ「VECTIS 25。IZM200が不調になっての買い替えで、これを積極的に選んだ理由をあまりはっきり覚えていません。ここからAPS機になります。多分・・あの世間をアッといわせたαを生んだミノルタだから何かやってくれるだろうという期待もあったのかもしれません。しかし実際は凡庸で、悪いところも無いけど、特筆すべき点もそんなにありません。この時に求められていたものは全て備えているけど、それ以上のオドロキもない・・・しかしこの世代のコンパクト機は皆そうだったような気がします。全然違うことしていたのはリコーくらいではなかったでしょうか。この機種からキャンプの撮影が始まりました。<1996年発売>


b0008655_2105820.jpgそしてフィルム機の最後、9機目は初のFUJIFILM、「エピオン 3000 MRC」。もちろんAPS。別名「SHOOTER」 。だからというわけではありませんけど、よく撮りましたこのカメラで。そう、キャンプの写真。何しろ幅がほぼ10cm、そして重量も165g。ついちょっと前までのデジカメと変らないくらいのコンパクトさはキャンプでバシバシ撮るのに最適。ただレンズがF4.9~F6.8と暗かったのがネックではありました。しかし晴天時での描写力は大変よく、そしてフジフィルムとの相性が抜群で、大変きれいな写真が上がってきてスナップとしては全く不満なしといったところです。実はこのカメラ・・・買ったものではなく、ある抽選の1等で当たった景品です(笑)。しかしこれでフジの良さが判り、この後のデジカメ1号は迷いなくFinepixとなった次第です。<1998年発売>

b0008655_9212375.jpgこれは番外。オリンパスAM-100、「ピカソぷち」。番外というのは奥さん専用に購入したもの。よく温泉旅行とか友達で行っていたりして、そんなに枚数を撮らないけど記念撮影はするからなるべく小さいの、というリクエストからこれを購入したと思います。まずは小ささ優先なのでこの頃あった二焦点「望遠ピカソ AFL-T」ではなく、単焦点ゾーンフォーカスの「ピカソぷち」にしました。当時としては女性が持つのに可愛らしいし、難しい操作を極力させない設計です。操作ボタンがほとんどありません。こういった大きさだったので実は私も内緒でよく使っていました(笑)。<1987年発売>


以上、10機、いろいろ調べながら辿りましたがこうやって見ると本当に懐かしいものばかり。多分探せばどこかにあると思うんですよねー。最近は80年以前の蔵亀(クラシックカメラ)の蒐集などしていて、80年以降(プラ亀)は今のところ対象外ですが、自分が使っていた機種なら記念品として集めてみたいと思います。この辺は需要がゼロに近いからきっと集まると思います。それに箪笥の奥に潜んでいる可能盛大。全然急がないので気長に・・・記憶がなくなってしまう前に(笑)
200回記念キャンプのレポ、公開開始しました!
ご感想などは掲示板の方に頂戴できると助かります。

[PR]

by samcame | 2009-02-26 20:42 | プラカメ

<< ◆Nikomat EL (19... 中野北口~サンロード 蔵亀桃源沼探訪 >>